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心の勉強会では、仏教心理学を学んでいきます。

仏教は、生きている全ての人が幸せになる学びです。

 

人を幸せから遠ざける三つの毒のお話

仏教に「三毒の煩悩」という言葉があります。

全部で108ある煩悩の中でも、私たちが悩み苦しむ最も大きな三つの毒が

貪欲·瞋恚·愚痴だといわれています。

『貪欲』…貪る心

『瞋恚』…怒りの心

『愚痴』…道理を知らない心

『貪欲』

自分の好きなものに執着する心。

金がほしい、ほめられたい、好かれたい、欲のために心が病気になること。

もっともっと限りなく欲して周りと比較して競争する状態になります。

 

『瞋恚』

自分の嫌いなものに対して腹を立て怒る心。

怒り、恨み、妬み、過去の後悔、ケチな心もすべて瞋恚です。

今までに自分が蓄えてきた思考パターンの価値観や正義感と外れたものに対して

受け入れられない心から起こります。

『愚痴』

道理を知らない愚かな心

すべてのことを自分の思い通りにしたい。

恨み、妬み、嫉み、憎しみの心です。

愚痴の心は「無明」と呼ばれ、貪欲も瞋恚も愚痴の心から起こってきます。

自分の色眼鏡を外して、宇宙の道理からみた物差しを使えるように

視野を広げることが重要になります。

 

仏教を学んでいくと、少しづつですが視野が広がっていくことに気づきます。

 

「心」+「気」+「体」の3つのことが学べる気功整体講座を開講しております。

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へそ道 宇宙を見つめる 使命を見つける

著者 入江富美子

 

自分の中に答えがある

 

≪へそ道≫…お腹の底から湧き上がってくる声に耳を傾け、その声(情報)をひもとき、今ここに生きていることを実感し、喜びをもって生きられるようになる実践方法

「へそ」の「へ」は、船のへさき、先端

「へそ」の「そ」は、「もと」「祖」「素」であり、すべてのもとという意味

「へそ」はすべてのもとから、今を生きる先人のところまで、みんな美しくつながっているよ…という意味が込められている。

 

◎お詫びとお礼ですべてを受け入れる

どんなことも、自分がみたまどおりに生きるために起こっていて、

そのことで、気づいた思い違いに「ごめんなさい」とお詫びをし、

そのことに気づかせていただけたことに「ありがとうございます」

とお礼をいう。

 

◎「下座」の心

自分を人よりも一段と低い位置に身を置くこと。

思いあがらず、下座に徹して生きるとき、天が君を助けてくれる。

 

◎度を超えて思いすぎると余分な心が「ほこり」となる。

「思いすぎると」ということは、もたされた領分を超え、

自分の我の世界ですから、思いすぎは「業」となる。

つまり、思いすぎは苦しみを伴うということ。

「思いすぎる」「恨みすぎる」「悩みすぎる」「欲しがりすぎる」

など、度が過ぎた余分な心を「ほこり」という。

日本人は、この「ほこり」を禊(みそぎ)で水に流し清めていた。

禊の意味は、水を注ぐ、身を削ぐ、つまり、余分な身を削いで

いくこと。

 

ひとつひとつが、元に戻り、本来の自分をとりもどすための実践方法や考え方の原点がここにあるような気がします。

日本人が日々の生活の中で、大切にしてきたものを思い出し、もっとシンプルに「もとにかえる生き方」を教えてくれます。

前向きに頑張らなければいけない…なんて無理に頑張る必要はないし、もっと

優しく、頭や体から力が抜けて、楽に生きられる実践方法が書いてあります。

原点、元に帰る生き方を示しています。

 

何かに悩んだとき、苦しくなったとき、静かにこの本を再読すると、天からの助けが下りてきそうな気がします。

先日、父の前立腺ガンの進行具合を調べるために実家近くの総合病院に

行った時の出来事です。

その総合病院で診察の順番待ちをしていると

待合室に母の友人Aさんが来院しました。

Aさんは、左耳が痛み、2ケ所の病院を受診したものの、原因不明で

紹介状を持ってこの総合病院を受診しに来たとのことでした。

 

「少し診せてくださいね」と言って左右の耳に気を通してから

耳の周りを丹念に優しくほぐす感じで触っていきました。

左耳の下から顎にかけて触っていくと

左耳の下~顎に右耳には無いシコリのようなものに触れました。

「ここにコリコリとしたものがありますね」と私

「あ、そこが痛いです。その辺りが痛いです」Aさん

そのシコリを解しながら

「この痛みは、耳じゃないですね」と私

「どこですか?」Aさん

「喉かな?ほら自分で触ってみて、右には無いシコリのようなものが

左にはあるでしょ。」と私

「あ、本当だ」Aさん

 

その後、Aさんは、耳鼻咽喉科の先生に呼ばれて診察室へ

診察室から出てきて

「ありがとう、ありがとう。左耳の痛みと耳の下にシコリがあることを

先生に話をしたところ、扁桃腺に膿が溜まっているとの診断で薬を処方されました。」とAさん

「これはね、自分で対処できますよ。水分を十分摂って、自分でほぐすように耳の周りを

マッサージしていけば、流れていきますよ」と私

そんなことを話しながら、ほんの数分ほぐしていたら、シコリは無くなっていました。

 

痛みって、痛みを発している部分と、痛みを感じる部分が違うってこともあるし

病院をいくつ回っても原因がわからないこともある。

まずは、自分の手で体全体をほぐし、血液やリンパ液の流れを良くしていくことで

痛みや体の不調が改善されます。

 

気功整体Swingでは、

何の知識が無くても、何の道具も薬も使用せず自らの手で、

ご家族や大切な周りの人を癒すことができる

おうち整体基礎講座(初級・上級)を開催しております。

 

初級講座では、人体の仕組みから学び、

夜泣き・疳の虫(寝付き改善)の施術、肩こり(五十肩)の施術、

熱(風邪)の施術などが学べます。

 

上級講座では、慢性的な頭痛(片頭痛・緊張型頭痛・群発頭痛)、

扁桃腺・甲状腺、耳鳴り・中耳炎・眩暈・メニエール

、副鼻腔炎・蓄膿症、咳・気管支炎などの施術が学べます。

 

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この世の道理が解ると生き方が変わる

人はまいたものを刈り取らなければいけない。

人は、自分の吐いた一言一句に出会う

人は最後の一銭に至るまで払わなければならない

 

因果の法則、カルマの法則、因果応報ということ。

 

カルマとは、「業」=「行為」

過去での行為は、良い行為でも悪い行為でも必ず自分に返ってくる。

 

人は、これまでの人生の中で蒔いてきたさまざまな行為(身業)、

言葉(口業)、想い(意業)の結果を自分自身で必ず刈り取らなければならない。

これは、仏教のいうところの身口意の三業ということです。

 

今、起こっている出来事は、過去の行為の現れであり、それは、前世かもしれないし、

今世の過去の行為かもしれない。

 

過去の行為が、潜在意識の阿頼耶識に蓄えられ、その蓄えられたものによって

現在や未来が変わり、良い種を蒔けば、良いものを、悪い種をまけば、

悪いものを刈り取ることになる。

 

しかし、必ずしもかつての「行為」が「行為」として返されたり、

「言葉」が「言葉」として返されるわけではない。

重要なのは、そのような行為や言葉や想いを起こさしめた「心」「動機」にあるのであり、

また、カルマはそれらの心や動機を修正し変容させるためにさまざまな現れ方をするということです。

 

ネガティブな捉え方をするならば、懲罰的な意味合いに捉えられるが

ポジティブな捉え方をするならば、なにか苦境に陥った時に、いろんな形で勇気づけられたり、

慰められたり、今後の未来に希望が見えてくる。

 

この因果の法則を本来の意味で理解できた時、生き方が変わってきます。

著者 医学博士 佐藤富雄

夢を叶え幸せになるための言葉の法則を教えてくれています。

“言葉を変えれば脳も変わる“

口ぐせの原理

1.言葉が考えをつくり、人生を支配する。

人間は言葉によって考え、意識や思考を形成している。意識的に言葉を使うと、気分・意識・考え方をコントロールできるようになる。言葉の使い方の癖(言語習慣)を変えよう。

2.脳は発せられた言葉すべてに忠実に反応する。

脳の自律神経系は、言葉として発せられたことをすべて真実として受け止める。しれが過去や未来のことであっても、現在形で体の反応を引き起こす。

否定的な言葉で不安や心配を語るのはやめよう。常に肯定的な言葉を選び、使っていこう。

3.新しい自己像の確率が幸福のプログラムとなる

自分はこんな人間であるという思い込みが現在のあなたをつくっている。金銭観、仕事観、異性観、結婚観、寿命観も自己像の一部である。そうしたすべては、思い描いた通りに現実化していく。なりたい自分のイメージを具体的に言葉にしていこう。

4.人間の体には夢を実現させる仕組みが備わっている。

夢や希望を実現するために、脳内の自動目的達成装置に情報をインプットしよう。夢や希望をリアルに視覚化して思い描く。頭でイメージするだけでなく具体的な言葉にすることで、脳がメッセージの内容を受け取りやすくなる。オートパイロット(自動操縦装置)のスイッチをオンにしよう。

5.楽天思考により、スケールの大きい人生を築いていこう

自分に起きることは、いかなることも自分にプラスになることである。いかなることでも自分で解決できないことは、自分には起きない。

自分に起きた問題の解決策は、思いがけない方角からやってくる。

6.制限遺伝子を取り払い、勝ち組遺伝子をオンにしよう

進化によって獲得された高い能力はすべて、遺伝子情報として私たち各人へ受け継がれている。そのような「勝ち組遺伝子」最大限に発現させよう。肯定的で楽天的な言葉の威力が「勝ち組遺伝子」をオンにする。潜在的に秘められている望ましい資質が現れてくる。

人を批判する人は、ひまなのです。

何もない時間がありすぎるのです。

ひまな時間を使って何かをそて

充実していれば、

自分に関係ないことをいちいち、

「よい」「悪い」と裁くことに

興味もなくなります。

 

ひまな人たちに批判、避難されたからといって、

気に病む必要はありません。

 

生き方の答えが見つかる本より

私たちは、だれもが

過去生で完了できなかった課題(カルマ)を完了し

成長するために生まれてきています。

あらゆる出来事は、

そのために人生に起きてくるのです。

人生で重要なのは

「お金や地位をえること」や「何者かになること」

「どんないいことを体験するか」ではありません。

人生で出会う出来事や経験に

ポジティブに対処できること

その結果もたらされるカルマのバランスと

たましいの成長だけが真に重要なのです。   ウィルアム·レーネン

「心の疲れ」が消えていく瞑想のフシギな力

著者 地橋秀雄

 

以前、読んだ本をもう一度読み返してみる。

以前は、感じられなかったことが、心の奥に沁みてくる来る。

解っていたようで解っていなかった。

十分感じて、腹の底に落していこうと思います。

 

1日10分でできる「心のお洗濯」

 

何が起きても平然と、静かに、淡々と日々を生きていけるようになる

「今の瞬間の自分に気づいていく」ヴィパッサナー瞑想

 

五戒の瞑想….反応する心を整え、人生の流れを変えるのみ最も効果的

殺さない

盗まない

嘘をつかない

不倫をしない

飲酒や麻薬などで酩酊しない

 

サティ(気づき)の瞑想…怒りをなくす瞑想

「怒らない」ために必要不可欠なのは、「今の瞬間に気づくこと」です。

「イライラしている」「嫌悪」と言葉で確認し、その瞬間の自分の状態にサティ(気づき)を入れるのです。

その状態にサティを入れていくと、自分自身を客観視できるようになります。

自分自身を「対象化」してとらえ、自分自身を客観視することが、怒りに水をかけてジュッと消してしまう秘訣です。

このサティの瞑想は、怒りの対策だけではなく、不安、嫉妬、欲望、落ち込み、高慢どんな感情にも効果があります。

 

慈悲の瞑想….究極の優しさの瞑想

心の中で、まず自分が、すべての生命が、嫌いな人も、自分を嫌っている人も、みな、誰もが

幸せでありますように

悩み苦しみがなくなりますように

願いがかなえられますように

悟りの光があらわれますように

すべての人々に対して、慈しみのエネルギーを発信するのです。

 

懺悔の瞑想…自分が犯した過ちを反省し謝る瞑想

自分の罪悪感から解放され、さらに劣等感やネガティブなもの全般を「ゆるし」受け入れていく「赦しの瞑想」にもつながります。

自分を責めるのも、他人を責めるのも終わりにするのです。

どうしても赦すことができない場合の「トラウマ返し」怒りや恨みなどのマイナス感情を解放するやり方。

 

善行の瞑想…財施、身施、法施。人のためになることなら何でもやり、善行をする一瞬一瞬の自分の心によく気を付けて観察していく。自己受容の瞑想

 

仏教の思想因果論

ネガティブな経験はすべて、自分が蒔いた種を刈り取っているだけのことで、

過去の不善行が「苦受」という形で実を結んでいる。

相手を恨む筋合いではないのです。

その相手は、自分の「不善行」を解消するパートナーの役割をはたしてくれているだけなのです。

「不善行を消してくれてありがとう」と言わなければなりません。

ゆるしのステップ

著者 ジャン・モンブルケット 訳 浅岡夢二

 

なぜゆるすことが大切なのか?

相手から与えられた痛みをいつまでも思い出し続ける

恨みをいだき続ける

過去に縛り付けられる

復習する

 

自分自身に対する思いやり

私は次のような自分をゆるします・・・・

高嶺の花や手の届かない星を求め続けた自分。

ガラスのようにもろい自分。

自分の苦しみを恥じる自分。

不幸のさなかにあって自分を責める自分。

いつも完璧を求めてしまう自分。

自分を責める人に迎合してしまう自分。

ハートの外に出てしまった自分。

自分を傷つけ、そして自己嫌悪に陥る自分。

将来を見通せなかった自分。

自分を激しく憎んだ自分。

他の人たちをゆるすことができなかった自分。

そう、私は、自分が限界を持った人間であることをゆるします。

心の勉強会 意識の話

 

心の仕組みを教える学問、唯識。

潜在意識の話をこころの勉強会で学びました。

 

幸せに生きるために、さまざまな心を扱う本を多く読んできました。

その中には、「五感で感じましょう」「今を生きましょう」

というフレーズがよく出てきます。

でも、どういうことなのか、理解したつもりでも、深い意味を理解するには至って

いなかったように思います。

 

唯識の中に心の階層、八識があります。

阿頼耶識 過去のあらゆる行為を蓄え、蓄えられたものによって現在や未来が変わり、

それが自我として実体化され執着の対象となる。

末那識

阿頼耶識に蓄えられたものによって、作られた自分に執着し、自分の価値観、常識にとらわれる。(エゴ)

六識

そのうち五感を通す心 眼識、耳識、鼻識、舌識、身識

五感を通さない心 意識

意 識

五感を通す心(見る心)→今、現在の心

五感を通さない心(現す心)→頭の中で考える(過去、未来、妄想等)

頭の中は、常に過去や未来のことでいっぱいで、今を生きられない。)

 

過去の経験によって作られた自分が自分だと思い込み、その自分に執着する。

良いことも悪いことの自分が正しいと思って生きている。(無意識)

これは、視野が狭い。道理を知らない。ということ。

 

幸せに生きるためには、エゴを薄くしていくこと。

そのためには、阿頼耶識に善の種子を入れていくこと。

幸せを邪魔しているのは、自分であることに気づいていくこと。

今を大切に生きることは、頭の中の頭の中のおしゃべりをやめる事。

 

今まで、なんとなくやっていた座禅や瞑想の意味もはっきりわかってきたような気がします。

 

特に、今回は、最近、自身の身に起こった出来事に、悔しい思いとともに

自分のエゴに気づき、阿頼耶識に貯えたドロドロしたものを吐き出すために

必要だったということ。

この世の道理、因果の法則に従って起こった出来事であったということ。

 

まだまだ、無我とはいきませんが、無意識の奴隷にならないように、

気づきをもって善の種子を蓄えていこうと思いました。

 

なかなか、言葉では、お伝えすることが難しいお話しですが、

この中から、何かを感じとっていただけたら幸いです。